管理人しみずの部屋

管理人しみずのアトピー残酷物語(己を晒す)

当サイト管理人のしみず(@QTSKIN1 )です。

私の人生を書き殴ります。乱文失礼。

私はアトピーを治さずに悩み続け、人生を棒に振り、自分を犠牲にして生き続けている人がすごく勿体ないと思うんです。

元々は私もアトピーなのですが、アトピーのせいで沢山悲しい思いをしたり、色々な事を諦めたり、アトピー中心の生活を送っていました。

しかし、それは、「アトピーのせいで。」とすべてをアトピーのせいにすることで、逃げていただけなのです。

それを辞めてから一気に快方に向かいました。

アトピーは本気で必死になれば治すことが出来るのに、甘え、妥協、意思の弱さゆえ治すことが出来ない方が多いです。

アトピーが治らないと嘆き悲しんでいる人って本当に弱い人間だなって思います。

過去の私なんですが、、、

壮絶な人生のスタート!小学5年生の夏

私の人生は小学5年生頃から狂い出しました。

私のアトピーは物心ついた頃には既に肌にきていて、肌は1年中ガサガサ、血がにじんでいる事もあれば、血色も悪く、大人が見れば一目瞭然のアトピーっ子です。

よく、近所の人には虐待に間違われることがあるほど(笑)

顔から全身までアトピーの症状で肌はボロボロ。よく大丈夫なのかと声を掛けられました。

児童相談所の人が自宅に来て、お母さんやお父さんのことが好きかどうか、いつもどんな生活を送っているかなどを尋ねられた事もあります。(ガチです。)

私は3人兄弟で姉と妹が居るのですが、どちらも綺麗な肌でアトピーではないのです。

私だけ、、私だけが汚いんです。やってられん。

姉と妹は短い、スカートや半袖やワンピースを沢山買ってもらい着ていました。

しかし、私は夏でも肌を隠そうと長袖長ズボンを着させたり、マスクをつけなさいと言われたり、お店でジロジロと見られ、駆け足で帰ることもありました。(涙)

一人だけ男の子のような服ばかりで、姉と妹がうらやましいなと思って過ごしてきました。

しかし、小学4年生頃までは、友達の身なりが他と少し違っても、避けたりすることなく、先生や周囲の大人の綺麗ごとのおかげで、みんなが仲良くしてくれます。

どんな子でも、みんなで仲良く。

そんな共同生活だった小学4年生までの日々は、みんなが仲良くしてくれて、特にアトピーである自分のことを嫌いになったり、悲しい思いをすることなく楽しんでいました。

人間関係でアトピーを恨むことはほとんどなく、ただただ肌の痒みや痛みのほうが強く、どうにかならないのかと辛かったのです。

痒みや痛みさえなければ、見た目がボロボロでも平気で過ごしていました。

奈落の底に落とされた小学5年生

ある日の夏、プール授業でプールサイドに待機する私の周りに、数人の男の子が集まってきたのです。

小学5年生にもなると、誰々は誰々が好き、私はあの子が好きと、男女を意識し始めます。

今はlineと聞きますが、私の時代は数人で好きな子のところにいって実は俺、、、、という告白がパターンでした。

そんな時です。

よくクラスでも目立っていた男子の集団が私の周りに集まってきました。

告白される?!

なになに?

とドキドキしました。

どうしよう。

何を言われるの?と・・・。

するとある一人の男の子がこういったのです。

「こいつの顔と体見ろよー!!これがアトピーって言うやつだよ!!」

この一言から、私の人生は狂い出しました。

今でもあの男の子の名前と顔は忘れられません。

その言葉を聞いた周囲のみんなの目線が私に集まり、私は膝を抱え顔を隠し下を向き、涙が押し寄せてきました。

嘘であってほしい。こんなこと言って欲しくなかった。今まで誰にも言われたことがなく、心のどこかで恐れていた現実が急に起こりました。

夢であってほしい、嘘だよってみんな笑ってほしい。

私の願いとは裏腹に、まるで見たことのない生き物を見世物小屋で見るように、私を囲む冷たい視線が目をそらしていてもザクザク感じるほどでした。

先生がその場をおさめ、プールに入る事になったものの、明らかに今までの友達の目線や態度は一変し、私の周りに友達が寄り付かなくなりました。

「アトピーってうつる?ねぇうつるの?」

「一緒のプ―ル入りたくなーい。」

「実は前から汚いとおもってた!」

「お母さんが言わないであげなさいって言ってたよ!!」

子供って残酷ですよね(笑)

そんな声が遠くから聞こえてきて、今すぐに家に帰りたい気分で、ゴーグルの中が何度も涙でいっぱいになりながら、地獄のプールの時間をやり過ごしました。

その後、授業の内容もまったく耳に入らないという事を始めて体験し、給食もまったく味がせず、喉が苦しく飲みこめないということも始めて体験した日で、物凄く印象深く、あの時の気持ちは鮮明に覚えています。

その日から私のあだ名は

  • アトピー菌
  • 雪見だいふく
  • 汚い人
  • おばちゃん

等々、自分の名前で呼ばれることが無くなりました。

一瞬にして私はいじめられっ子。

毎日私の机だけが掃除の後に取り残されていたり、ペアを作る時に一人ぼっちになるのが当たり前になったり、小学生で行われるほとんどのいじめを経験したのではないかと言う生活を送りました。

毎日朝に玄関を出るまでは元気で明るく心配の要らない子を演じ、玄関を出たら涙を流しながら必死に足を前に前にとすすめ、登校しました。

毎日毎日時間がものすごく長く感じ、金曜日の放課後は本当にウキウキして、土日は自宅に居られるという事だけで幸せを感じていました。

日曜日の夜、布団に入ると、明日からの学校生活が嫌で嫌でたまりませんでした。

それでも、お母さんやお父さんにいじめられているということを言うのは恥ずかしい心配されたくないと感じ、助けてほしいを言えずに我慢していました。

姉も妹も居て、私にばかり時間を掛けさせるわけにはいかないとも、子供ながらに遠慮していたというのもあります。

同時に、アトピーの症状も以前よりも酷くなり、アトピーが嫌だと思えば思うほど、見た目は酷く、より友達に汚い物扱いされたり、近くを歩くだけで逃げられたり、私の触ったものを触りたがらなかったり、まるでゾンビのような扱いを受けました。

昨日までとっても仲良く、毎日一緒に遊んで色々なお話をしていたお友達だと思っていた子まで私を避け、話てもくれず、こんな簡単にお友達って辞められるんだと、子供ながらに不思議に感じながら、友達って怖いなと恐怖を感じるようにもなりました。

兎に角、毎日友達の顔を見るだけで恐ろしい気持ちになり、目が合わないようにすごしたり、肌の痒みや痛みよりもいじめられている辛さの方が大きく感じるようになったのです。

小6で人生の縮図を知った。

小6になるといじめが落ち着きました。

担任が変わり、アトピーの見た目でも仲良くしなさい的な内容の話し合い(地獄)があり、みんなの姿勢は可哀そうな子、哀れな子、仲良くしてあげないと可哀そうという状態となったからです。

そんなみんなの状態に、私はありがたい!!←馬鹿

と思い、なかよくしてくれてありがとう、こんな私を仲間に入れてくれてありがとうという気持ちで過ごすようになりました。

担任に叱られるのを恐れいじめは表立っては辞めた!!というだけでした。

そのため、おもしろおかしくボロボロの雑巾を見ると、

こそこそと先生の目を盗んでは、

「しみずの肌みたいじゃない?www」

校庭の土のひび割れを見て

「しみずの肌に似てる!!」

と肌についてはバカにされ続けていたものの、大人から見るとじゃれ合っているように見える、私は仲間に入れてもらっているのだからこれくらい我慢しようという気持ちで過ごしました。

私は汚いから、仲良くしてもらっているだけマシ・・・。そんなふうに思うようになったのです。

両親も最近楽しそうだな。お友達と土日も遊んできていいのよー?最近楽しそうだものね。などと言うのです。死んでほしかったです。

両親までもが分ってくれないことに寂しさや悲しさを感じながら過ごします。

明るく楽しい普通の女の子だった私は、影を持つ人間に変わってしまいました。

友達はすぐに裏切る、人間は思っている事とは裏腹に、怖い笑顔で関わってくることがあるという事を知った小学校生活でした。

そんなこんなで卒業シーズンに到来。

卒業式の日も、みんなが泣いているなか、私の心は笑っていました。

やっと小学校生活が終わる、中学生になったら変わるかなという期待、嫌なことがあった小学校の風景を見るだけで心が痛くなっていた私は、もう来なくてよいということが嬉しくてたまりませんでした。

卒業文集の人気の女子ランキングや、はやく結婚しそうな人ランキングなどには名前が無く、一人一人のあだ名を書くという欄に、アトピーで酷い乾燥で肌からぽろぽろと粉が吹いてしまっていた私に対して、粉吹きしみずと書かれました。

卒業文集をもらい、期待せずに見て、帰った瞬間自分の名前や似顔絵をマーカーで塗りつぶしゴミ箱に捨てました。

道を踏み外し始めた中学生時代

中学生になり、友達が化粧をしているのを見て、私もしてみると、小学生の頃よりも強めのステロイドを使用し、アトピーの炎症は抑えられているため、化粧をしてみるとなんとか肌のボロボロ感カサカサ感を隠せることに気が付きます。

アトピーの肌を隠し続けていると、どんどんお友達ができました。

3校の小学校から合同になる中学校であったため、私の小学生時代を知らないお友達ができ、新しい生活を楽しむことが出来ていたのです。

しかし、ある日突然なんの前触れもなく1日中私の存在を無視され続けたのです。(はい来たよ~です。)

面白おかしくしていたのか、誰かに指示されてし始めたのか原因はわかりませんでした。

小学生の頃の私の記憶が影響し、また裏切られるのかと腹が立ち、毎日一緒にいた仲良しの女の子の一人に話しかけ、完全にシカトされ、頬にビンタを食らわせました。

すると女の子はもちろん泣きくずれ、先生に呼ばれた私はこっぴどく叱られ、話しを良く聞くと、小学校の頃の友人が、アトピーでいじめられていた私に友達が出来ているのをみて気にくわず、無視しろと指示をしたということが分かりました。

それを先生も知った上で、完全に私が悪いと反省文を書かされ、友達も大人もむかつく。要らない。やっぱり学校なんて嫌いだと思う出来事となってしまいました。

その後、毎日ファンデーションで肌を隠して登校するようになったものの、ある日校門の前で生徒指導の先生に引き止められてしまいます。

化粧をしているということが噂や見た目で気づかれてしまい、落とさないと学校には入れない、又は別室で過ごしてもらうというように叱られたのです。

以前のビンタ事件もあり、アトピーの私に同情してくれる先生もおらず、ただただヤンキーがメイクをしているというように叱られ、アトピーだから隠さないといじめられるし無理、人に見せられないと訴えても、校則違反だと頭ごなしに叱る先生。

涙が出るどころか呆れてきました。

この先生はいくらいじめられようとも、汚がれようともボロボロの肌を晒せというのだ。アトピーになってみないとこの気持ちは理解できないのだろうなと思いました。

この時ばかりはいつもうつると怯えられているものの、感染しないアトピーに不自由を感じました。

嫌なことをしてきた人間にアトピーをうつせたらよいのにと思いながら立ちすくんでいました。

すると、同じく周りにはスカートが短い、髪の毛を染めている、髪の毛が長い、などという理由で、校門で引き止められている先輩が居ました。

中学生になり、私はヤンキーやギャルという存在をここで知ったのです。

引き止められているほかの数人の先輩たちは自宅へと帰路につき、私もアトピー肌を見せてバカにされてまで、汚い物扱いされてまで学校に行きたいと思わない!!と捻くれ、帰ろうと思いふらふら歩いていると「何年?一緒に帰る?!」と声を掛けられ、そこから毎日一緒に過ごすことになりました。

特に先輩たちはアトピーの事に触れてくる事もなく、一緒に過ごしていて、とても楽で楽しく、私自身どんどん見た目もギャルっぽくなっていきました。アトギャルです。

今まで私をいじめてきた小学校からの友達は、なぜか「今までごめんね」と謝ってきました。

「先輩にいじめてほしいとか頼まないでね。本当にごめんね。」と・・・。本当にアトピーの私に対して悪いことをしたと思い謝っている訳ではないということに腹を立てながらも、謝らせたということで、もうバカにされないんだと安心していました。

新しく中学生になり友達になった子たちは、あなた誰?というくらい私を知らない人扱い、関わりのないフリをしてくるようになり、やっぱりいくら仲良くなっても女友達の友情は薄っぺらいなと痛感しました。

それと同時に、見た目を強そうに派手に着飾っていれば、自分を守ることが出来ると思いこみ、更にアトギャル具合がヒートアップします。

その後も先輩たちと遊んでいると、付き合う彼氏も出来るようになったのです。

しかし、初体験をおえた途端別れを切り出されたり、何人もの男性と付き合っては、体の関係を持った途端、振られてしまうという事を繰り返しました。(アトビッチ爆誕!!)

ただただヤりたいだけ、経験人数を増やしたいだけ、好奇心などを満たすための都合の良い女になっていたのです。

うすうす気が付きながらも、誰かに愛されるという一瞬に幸せを感じ、アトピーでも愛されるんだという勘違いの中、後々後悔するような関係を続けていった最悪の中学生活を送りました。

アトギャル⇒アトビッチ⇒両親との確執

中学1年生の後半から2年生の前半にかけ、大いにグレた私を見て、両親ははじめはものすごく心配していました。

なにか嫌なことがあったのかと尋ねてきたり、何か欲しいものがあるのかと尋ねてきたりしていました。

それなのに学校からの電話には、

「メイクを落とさせて通わせます。うちの子が悪いんです。」

という事ばかり、メイクをして登校させてもよいかと掛けあってくれる事もなく、アトピーの私を両親も邪魔者扱いしている、守ってくれないんだと感じていました。

当時の私にとってはものすごくストレスになる言葉ばかりで、心の底から両親を恨んでいました。

なぜこんなアトピー体質に生んだのかこんな体に生まれなければグレたりしていない、私だって普通の生活を送りたかった、皮膚科に連れていくだけで、ステロイドに頼るだけで、何度も繰り返し汚い肌になった私はすべて両親のせいだと責任転嫁したのです。

実際は、母親はアトピーに良いと言われている食事を私に勧めてくれたり夜更かしをしないようにと注意をして来たり、アトピーに効くという保湿剤やサプリメントなどたくさん購入してくれたりしたのに、私は自らアトピーに悪いと言われていることばかりしていました。

アトピーが治らないのは自分のせいでもあったものの、怒りの矛先を両親に向けていました。

両親には

「なぜこんな体に生んだんだ。」

「こんな体に生まれるくらいなら生まれないほうがマシだった」

「生まれさせられて迷惑してるわ!勝手に生んどいて苦しませて、学校に行けないくらいで困った顔されてもこっちが困るわ!どうにかしろよ!!」

などと目が合い話しかけられるたび言い続け、母親は夜な夜な居間で泣きながら私の小さい頃のアルバムを見ている姿を見て、どうしたらいいのか分らなくなり、一切会話をしないほど距離を置くようにしました。

姉は私にいい加減にしなさいよ。と言いますが、自分は肌が綺麗だろうから理解できないでしょうね。楽しそうな普通の日々を過ごしていていいですね。という気分で、聞く耳も持たず、お前は私の気持ちが分らないくせにと大嫌いでした。

妹もグレた私が怖いと寄り付かなくなり、嫌われました。

妹は私より肌が白くツルツルで、本当にうらやましく思っていました。

両親だけではなく近所の人や親戚にも、物凄く白い目で見られたり、あることないこと、尾びれも背びれも付いたような酷い噂もたくさん広まり耳にしました。

私はアトピーのせいで辛い思いをして、辛い思いから逃げるためにも自分を強く見せて自分を守るためにも、派手な恰好をしているだけなのに、全て私が悪いようになってしまうのです。

そして今までアトピーでも必死に毎日を頑張って過ごしてきたこと、挨拶をしっかりしていたこと、ゴミ拾いや草むしりを手伝っていたことなどはすべて忘れられ、昔からちょっと変だった、ありゃ酷いわ。取り返しがつかないだんて言われてしまうんです。

私がすべて悪者になる。そのたびに、アトピーにした両親への恨みに拍車がかかり、どんどん膨れ上がってしまったのです。

悔しく辛い苦い思い出はあいつのせい

なんとか中学を卒業し、偏差値は低いものの定時制の高校へと入学することができました。

高校生になってからは、ステロイドで炎症を抑え、必ず毎日メイクをばっちりしました。

いかに崩れないメイクか、崩れてきたのをいかにすぐに発見し綺麗に治せるか、それだけに集中して過ごしていました。

服装も自由で制服が無い事が幸いし、アトピー跡等を隠す事が出来る洋服を毎日選んで着ることが出来ました。

友達はみんな当たり障りなく仲が良いという感じで、真面目な女子が少なく、いじめられていた子や不登校だった子、ギャルやヤンキーばかりで、今までの小学校、中学校よりかは過ごしやすく感じました。

高校1年生の夏、ある男性との距離が縮まります。

2つ上の先輩で、今までにあったことのない真面目だけどバイクが好きな先輩でした。

授業は学年関係なく、自分が選択した授業に行くタイプの学校で、同じ授業を選択していたことで出会いました。

帰りも一緒に帰ったり、たくさん話をしていくうちに、その先輩は私の中身が好きなんだと言ってくれて、アトピーであることを告白しても、メイクを落とした肌を見せても肌を触り大丈夫だと言ってくれました。

自慢のバイクの後ろにも乗せてくれたり、とっても大切にしてくれました。

これまでにそんな男性と出会ったことのなかった私は、毎日毎日電話をしたり学校終わりに待ち合わせをしたり、放課後デートをしたり、全てが初めてで新鮮でドキドキして幸せに満ち溢れていました。

アトピーでも大丈夫だ。私幸せになれるんだと思いました。

これまで体の関係を持ちすぐに別れてきたという経験を知っている私に先輩は遠慮してくれていましたが、その後性行為をしても別れずにいてくれました。

将来早く結婚して子供を作りたいねと話したり、結婚に向けてお互いに高め合い、学校を卒業したり資格を取ったりバイトをしたり頑張ろうと、私も頑張るようになったのです。

周囲の共通の先輩や同い年の人に、あの子はアトピーでいじめられていた、あの子は中学生になってヤリマンになったり、悪い先輩と付き合ってたという話を聞いても、お前はお前だからと好きで居てくれた最高の彼氏でした。

私はこの人と結婚して幸せになるんだろうな。この人以外考えられない。アトピーでも結婚できるんだ。好きになってくれる人が居るんだ。と自分に自信も持てるようになっていました。

先輩が高校を卒業してからも順調に関係は続き、毎日迎えに来てくれたり幸せでした。

それなのに、ある日突然別れを告げられたのです・・・。

高校2年生の冬。

メールで別れよう。の一言。

それは突然の出来事で、頭も回らずただただ泣きながら何度も何度も電話をしても出てくれず、すぐに切られる携帯にかけつづけ続けました。

何故別れたくなったのかも分らず、昨日まで幸せに過ごしていた日々が一瞬にして終わりました。

小学校の頃の思い出がフラッシュバックします。

人間は儚く、一日にして、一瞬にして人を見る目が変わるということを思い出しました。

諦めよう、幸せな思い出を忘れようと何度も何度も思いました。

それでも別れを告げられてから、他の人を好きになることが出来ず、先輩しか目に入らず、アトピーの肌を隠すメイクを必死に研究したり、肌が汚くてもスタイルだけは良くありたいとダイエットしたり、先輩が言っていた通りに、バイトも勉強も必死で頑張り続けました。

そしてしばらく努力し続け、前よりも頑張って変わった私をみてほしい、もしかしたらまた付き合ってくれるかもしれないという淡い期待を胸にドキドキしながら電話をしてみると出てくれたのです。

「元気?」

「元気だよ。何か用?」

明らかに先輩の様子は付き合っていた頃と違います。涙を流しながらも平然を装い、また幸せな日々を取り戻したい一心で会話を続けようとしました。

「いや、元気にしてるかなと思って・・・。彼女とかできた?」

「彼女できたよ。てか今一緒に居るしね。連絡してこないでもらえる?」

後ろで「誰―?」という女の人の声が聞こえて、本当に悲しく、そして惨めな気分になりました。

それでもなぜあの日急に別れを告げられたのか、新しい彼女と付き合うためだったのかと怒りも感じ、

「なんで?なんで急に別れたくなったの?もしかしてその子と付き合いたくなったから?浮気でもしてたわけ?」

と聞いてしまったのです。

後々聞かなければよかったと後悔しました。

おまえアトピーじゃん。別にそれはいいんだけどさ、おれらが結婚したらその子供もアトピーになるかもしれないんだってさ。だから無理だわ!さすがに自分の子供がアトピーだったら可哀そうだし。俺はやく結婚して子供作って幸せな家庭築きてーから、お前とは無理なんだわ。」

って言われたんです。

本当にショックでした。

あんなに優しくて大切にしてくれて、ほかの人がなんと言おうと好きだと言ってくれていた彼の口からこんな言葉が出るのかというショック。

私よりも好きな人が出来てしまって別れを告げられたのかと思いきや、私と今の彼女を比べるよりも何よりも、アトピーである私自信をただ単純に嫌になったということへのショック。

アトピー肌でもいいよと言ってくれたのに、それを乗り越えても将来的に子供がアトピーになるかもしれないということでフラれてしまう事もあるのだと、新たなショックも受けました。

もう女性としても人間としても、誰にも愛されず除け者にされ、私なんて生まれてこなければよかった、死んだ方がマシかもと思うようになったのです。

本当にショックすぎて立ち直ることが出来ませんでした。

アトピーを治そうという気持ちも、隠そうという気持ちも無くなり、ただただ自分が嫌いで、バイトも辞め勉強もやめ、人間らしい生活を止めてやろうと思いました。

自殺未遂?

私は自分が生きている意味がない、生きていてもしょうがない、どんなに治療し続けても治らないアトピー。

アトピーのせいでこんなにも惨めで辛い思いをしなければいけないのなら死んだ方がマシだと思うようになったのです。

私はリストカット、アームカットをしはじめ、カッターで手首から腕まで3mm毎ほどの間隔でどんどん切り刻んでいきました。

治りかけの部分を何度もカットしより深くしていき、いつか死ねるかなと思いながら・・・。

もちろん首や心臓を一発突き刺したり、飛び降りたりとすぐに死んでしまえる方法はいくらでもあったのにも関わらず、へたれな私は死に切る方法は行えませんでした。

そんな死にきれないけど自分も大嫌いで四苦八苦しながら、自分にも呆れ、睡眠薬をODしたり、本当にずたぼろの生活を送っていました。

現実逃避していました。

なぜ見た目だけではなく、痒みと言う辛さや痛みと言う辛さにも耐えているのに、こんなにも酷い仕打ちを受けなければいけないのか、どうしてこんなに辛いのに生きていなければいけないのか意味が見いだせなくなってしまったのです。

誰か私を殺してください、という願いが唯一の願いとなるほどに精神的にイカれてました。

こんな目に遭うのなら、いっそ人間の形に生まれたくなかった、なにか別の人間ではないものとして生まれたほうがマシだった、かけ離れた姿だったらよかったのにと思うほどでした。

唯一私の存在できる場所ネットの世界だけ、実際に会わずに会話することが出来る世界が唯一安心できる場所でした。

夜の世界で性格が一遍

私はネットで知り合ったある店のオーナーさんの誘いで夜のお仕事をすることにしました。

アトピーだということ、引きこもっているということを知り誘ってくれたのです。

寮も用意してもらえるということで、実家の両親に毎日心配されるのもうっとおしく家を出る事にしました。

キャバクラでの仕事がはじまります。

もちろんアトピー肌で顔がボロボロに見えてしまう事もありますし、肌がボロボロでドレスを着るとものすごく目立ち、何とかできないのかと先輩から文句を言われることも絶えませんでした。

しかし、そんな私に同情するように、たくさんのお金を使ってくれるおじさんたちが群がってきてくれたのです。

オーナーはアトピー肌で上手く行かなければ風俗とかも紹介できるからと言ってくれていましたが、愛想よく笑顔で話を聞き、体を触らせておけば、アトピー肌が可哀想だと言って、お金をたくさんくれることに味を占めました。

アトピーに悪いからとノンアルコールでも十分に稼げてしまっていたのです。

先輩にはかなりいびられましたが、今後アトピーのおかげで働ける場所なんてなさそうだしここで稼ごう!と気にしないようにお客さんにばかり媚びていました。

私は思いっ切りアトピーを利用し始めました。

するとこれまでコンプレックスに感じていたアトピー、隠そうとすればするほど、アトピーが嫌だ嫌だと思うほど、症状が酷くなってしまっていたのにも関わらず、どんどん酷くなればいいのに、見せつけたほうが得すると思うようになったところ、症状が徐々に治まってきてしまったのです。

不思議なことに、アトピーをストレスに感じていた時よりも、アトピーであることが得するとプラスに考え、見られる事を苦痛に感じなくなったところ、ストレスがなくなり、アトピーの症状も落ち着いてきたのです・・。

意図していない意外な改善でしたが、お金も溜まってきたことだし、アトピーも改善してきたしということで、夜職を辞め、一人暮らしの家を借り、日中雑貨屋でバイトすることになりました。

アトピーだと仕事が出来ない?

日中のバイトが雑貨屋に決まるまでにも辛い経験がありました。

私って人間だと思われてない?と言うような状況です。

家の近くの飲食店でバイト募集の張り紙があったため、どんな人でも大歓迎と書いてあったらか電話をしてみて面接に行ったのに、挨拶を終えすぐに聞かれたのが

「アトピーかなんかですか?肌荒れ酷いですね・・・。」

って不穏な表情を見せられたのです。

どんな人でも歓迎なのにアトピーの私はだめなの?!と思いながら、昔からアトピーで・・・と笑顔を必死で作りました。

その後質問なども特にされず、合否は後々電話でお伝えさせていただきますね。

とだけ言われその場を後にしました。

もうすでに話を聞く必要もないといった感じで面接が終わり、結局見た目で落とすことを決めていたのですよね。

でもアトピーで苦しんでいる哀れな私に直接雇えない理由を説明することが出来ず、不合格決定なのに、電話で合否をお伝えすると言ったんですよね。

そう悟った私は帰り道に涙が止まりませんでした。

どんな人でもいいのに、アトピーの私はだめ、私の中身を見てくれる事もなく、仕事への意気込みやスキルも尋ねられることなく、不合格となったのです。

電話では、今回は残念ながら・・・。と言われ、なぜだめでしたか?次の面接にいかしたいので・・・。なんて言って困らせてやろうかなと思いましたがやめました。

その後の何軒かの面接に行っても、人と直接接する仕事なので・・・と遠回しにアトピーのお前は雇えないと断られたり、やはり初対面で不合格が決まり相手にされませんでした。

飲食店は全滅、アパレルも断られ、もちろん化粧品や薬などを扱う場所も断られ、アトピーであるというだけで、自分が持つスキルや良い所などは全部見られず、肌が汚いことで不快に思うお客さんもいるからと職業まで制限されてしまう現実があります。

運命の出会い?!神との出会い

雑貨屋は週3日だけの出勤で、あまり混むこともなく店番をしているようなだけでしたが、収入源にもなるし、雑貨屋の雰囲気が好きで続けました

しかし店の前を通る人の視線などは気になり、毎日メイクには1時間以上かけて一生懸命綺麗に見せようとしていました。

そんな日々の中で趣味でやっていた共通のオンラインゲームをしていた男性と仲良くなり、LINEを交換しました。

トップ画を見るかぎりかなりタイプでかっこいいなと思いながらも、自分はアトピーだから会うことは絶対にないと思っていました。

相手は私のプリクラ画像を見て、可愛いねと言ってくれたり、会ってみたいねと言われながらも、会うことは一生ないだろうなと思っていました。

毎日一緒にゲームをしたり、毎日連絡を取り合う中で、とても仲のよい友達のようになりました。

すると男性が来月お前の住んでいる地域のお祭りに行くから会おうや!!と言ってきたのです。

しかし、私はアトピーの肌を見せてまた仲の良い人を失いたくない思いから、頑なに拒否しました。

なにか隠してる?もしかして男?笑

と言われたり、せっかく仲良くなったんだから会おうよ!何がだめ?ブスでも大丈夫!!などといつものように面白おかしく言ってくれました。

私はこれを言って会うのを断ろう!!と思い、アトピーであることを打ち明けました。

アトピーだということ、プリクラの画像では見えないけど肌が酷く汚いこと、今までたくさんいじめられたことがあるほど肌がボロボロだということを伝えたのです。

するとそんなの気にするな!会うぞ!お祭り楽しむべ!!と言ってくれたのです。

今までも俺はそんなの気にしない!と言う男性は多くいたものの、体目的か実際に見ると引かれたりという事ばかりで、信用していませんでした。

本当にドキドキしながら、必死でメイクしてアトピー肌を隠しました。

洋服も絶対に肌が見えずに、暑苦しくは見えない物を探しました。

あまり顔をまじまじ見られたくない、暑いとメイクが崩れて肌が見えるということを考慮し、夕方から会う約束をしました。

本当にドキドキして心臓が張り裂けそうでした。

実際に会うと可愛いじゃん!!といってくれて、お祭りを一緒に歩くことになりました。

歩いて歩き疲れ、花火があがる中人ごみを避け話すことにしました。

相手はこれまでいじめられたことなく、いじめている側ぽいなと感じる見た目でした。

しかし根はいい人なのか、自分が小学生の時にいじめられた話を自分からしてくれたのです。

私が話しやすい状態を作ってくれたため、私もアトピーでいじめられてきたということ、多くの男性と遊んできたこと、アトピーで出来た肌の荒れや跡を見せました。

そんな私に、そんなの気にしないと言ってくれるだけではなく、一緒に治そう!絶対になおるから!治ったらもっと可愛くなるよ!!と言ってくれたのです。

メイクが崩れないようにとあれだけ気にしていたのに、大泣きしてしまい、メイクは崩れ、アトピー肌を見られてしまいました。

肌を見ても一緒に居てくれて一緒に治そうと言ってくれた神様のような人でした。

これまで受けてきた傷跡を全て癒してくれるような人でした。

アトピーが治らないは嘘だった

私はこれまでアトピーを治すためにはステロイドが必要不可欠だと思って生きていきました。

アトピーの治療として受けてきたのはステロイドを処方されるだけでした。

ステロイドを手放すという思考が全くありませんでした。

しかし、私のすべてを受け入れてくれた彼は、ステロイド以外でアトピーを治す方法をたくさん探してくれました。

彼とは親友の様な関係になり、何でも話せる、相談できる、私のアトピーを治してくれるパートナーのようになってくれたのです。

 

甘ったれな私はアトピーにさんざん振り回され、大きなコンプレックスであるにも関わらず、アトピーに良い生活へと徹底的に改善することが出来ていなかったのです。

そんな状態を一生懸命支えてくれて、時には厳しく声を掛けてくれて、アトピーを改善することができる生活へと改善していくことが出来ました。

一緒に治すためにも、一緒にいて楽だという面でも、ルームシェアすることになりました。

アトピーを改善するために就寝時間、起床時間を決め、十分な睡眠をとり生活リズムを崩さない生活へと改善しました。

食事も交互に作り合い自炊で肌に良い食事を心がけました。

肌の正しい洗い方正しい保湿も身に付け、アトピーに悪影響となることを徹底的に避けたのです。

そして一番人間が避けるのが難しいストレスに関しては、常にとなりで褒めてくれたり慰めてくれたり、愚痴をとことん聞いてくれる彼に自分のすべてを着飾らずにさらけ出す時間、場所があることで、全くストレスを感じなくなったのです。

甘ったれな私にとって、自分一人では無理だったであろうアトピー完治のための生活習慣の改善食生活の改善正しいケアを続けるモチベーションストレスとの付き合い方を、彼が居たことで人生で初めてすべてクリアすることができたのです。

本当に感謝している唯一無二のパートナーとなりました。

素敵な彼との別れと遊び放題のビッチに

そんな協力者の彼とは恋愛の面でも応援し合う仲となり、私のアトピーが完治し、ステロイドなしでもアトピーの症状に見舞われなくなったのを区切りに、自分の恋の方も頑張りだし、いい感じになった所でルームシェア解消となりました。

本当に感謝している友人で、人生で初めての本当の友人と言っても良いほど、心から大好きだと言える、唯一無二だと言える、最高の彼だったので、名残惜しいような寂しいような気持ちもありながら、幸せになってほしいと願い・・・。

しばらくして彼から連絡が来て、彼女と上手く行き、物凄く遠い地域に引っ越し結婚をするということで、最後にアトピーにならないようにせっかく身に付けた生活を続けろよ!!と言われ、それ以来会うことも話す事も無くなりました。

あれは幻だったのではないか、神様が助けてくれたのか・・・。と今では自分でも信じられないほど、あれほど素敵な男性に出会うことは、金輪際ないだろうと思うほどイイ奴でした。

おかげでアトピーの症状は起こらなくなり、ステロイドももちろん使用せず過ごすことができるようになりました。

何度も何度も繰り返してきたアトピーのせいで、炎症が起きなくなっても黒ずみや肌のカサカサ感やくすみなどが気になっていましたが、炎症が起きず正しい生活、ケアを続けていくことで、徐々に健康的な綺麗な普通の人間らしい肌へと改善されていきました。

周囲の人に肌を見せることに対しての恐怖心も一切なくなり、自信を持って露出することが出来るようになった私は、物凄く積極的になれました。

クラブに行くと必ず声を掛けられ、人気の高い有名な人に持ち帰られたり、周囲の人がうらやむようなイケメンに誘われたり、歩いているだけで声を掛けられる頻度が多すぎて困るほどになったりと、以前の私には考えられないほどチヤホヤされるようになったのです。

肌が綺麗になるだけでこんなにも周囲の人の目線は変わんだなーと思いながら、嬉しいような、なんだかあっけなくて呆れかえってしまうような、肌が綺麗なだけでこんなにも簡単に幸せで不自由のない生活になるなら、人生簡単だなと退屈に感じるようになりました。

刺戟を求めるように、イケメンと一晩だけ楽しんだり、勿体ぶったり、合コンにもたくさん出席して、話しかけられないブスな女たちの哀れな顔を見て楽しむような生活を好むようになったのです。

私はクズだと言われるこんな生活でも、これまで友人もろくにできず、毎日泣きながら学校へ行き、自分は死んだ方がマシな存在だと思った私にとっては、こんな生活でも多くの人に相手にされ、私が欲しいと寄ってくる人間が居て、羨まれるこの生活が幸せでたまりません。

恋愛しようと思えば今すぐにできるし、どんな男も大抵手に入る、見た目が小奇麗なだけでお金を稼ぐ選択肢もたくさん増えて、なにより外出することにも、人と話すことにも何の抵抗もなく、自信に満ち溢れた生活をして自分を認めてあげられる。

最高です。誰が何と言おうと、アトピーのない生活はすべてを変えてくれました。

幸せな生活と見えない未来へと不安

青春時代を全てアトピー中心の生活として無駄にしてしまった私は、思う存分遊び、恋愛をして、その中である人に出会います。

仕事も出来て優しくて、面白くて、尊敬できる人でした。

そして彼も私がアトピーを治した経験があるということに、尊敬していると言ってくれる人でした。

お互いに尊敬しあい支え合える人、一緒に居て幸せな人、楽しい人と出会い、過ごし、プロポーズされました。

もうアトピーは治り、生活を十分に楽しみ、プロポーズされてもただただ嬉しいのだろうと思っていました。

しかし、実際にプロポーズされると、過去の恋愛でアトピーの子供が生まれたら困るという理由でフラれた思い出がフラッシュバックしました。

アトピーが治ってもまだアトピーに苦しまなければいけないのか・・・。

プロポーズに対し素直に返事をすることができませんでした。

そんな私の異変に気づいた彼は、もしかしてアトピー気にしてる?と聞いてくれたのです。

昔大好きだった彼に生まれる子供がアトピーだったら無理。という理由でフラれたことがある。

貴方との子供がアトピーになる可能性があるということを伝えました。

すると彼は私の不安を笑以外とばしました。

子供がアトピーであろうとも、自分たちの子供を愛せないわけがない、可愛いに決まっている。

そしてもしアトピーになったとしても、何年間もアトピーに苦しみ、乗り越え、自分の力で治すことが出来たお前がいれば大丈夫だろ?と言ってくれました。

その言葉を聞き、決心しました。

もし子供がアトピーであっても、私が絶対に治す、アトピーは怖くない、自分次第で周囲の人次第で簡単に治すことが出来るのだから、何を恐れているのだと。

私は彼と結婚しました。

一生着ることができない、着た姿を見せることが出来ないと諦めきっていた女性の夢、ウェディングドレスを着ることができました。

着たときは、本当に涙が出るほどうれしく、思わず自分の姿を見てキレイとつい言ってしまうほど、信じられないほど幸せで素敵な時間でした。

夢でしかなく、自分が着れるわけないと思ってたウェディングドレスは、彼がプレゼントとして購入してくれていました。

それもまた嬉しく、アトピーが治ったゴールテープ、アトピーを治すことが出来たお祝いのメダルのように感じました。

結婚式には、彼の友人、私の数少ない友人、そして家族を呼びました。

アトピーを両親のせいにしていた私、心から怨んでいた両親をです。

大嫌いだった姉も避けられていた妹も。

アトピーが治った今でも、子供の頃にアトピーで苦しんだ記憶は、両親のせいだという意識は抜けません。

しかし、両親は皮膚科の医師の言うとおりに薬を塗り、受診を続け、他の治療法があるとは思ってもいなかったのだから、しょうがないとも思えるようになりました。

そして治ったのだからもういいや思えましたし、両親もあんなに酷いことを言ったり、飛び出すように急にいなくなった私を全く責めたりすることもなく、仲の良い親子に長い年月を経てやっと戻ることができました。

可愛い孫ができてもアトピーかもしれないよ?と言っても、一緒に協力して治そう、アトピーだってあなたもとっても可愛かったわよと言われ、涙しました。

そして私も自分で性格が悪いなと思うのですが、わざと小学校、中学校の頃の友達、私を振った先輩にも結婚式の招待状を送ったのです。

面白おかしくバカにしょうとして見にくればよいと心の中で思いながら、是非来てくださいと・・・。

するとやはり数名ではあるものの、結婚式に来てくれたのです。

そして私の綺麗になった肌を見て驚き、結婚指輪やウェディングドレス、そして旦那さんとの結婚を羨ましがっていました。

あの時バカにしてイジメていたお前らよりも、早く幸せをつかむことが出来たのだということを見せつけ、自己満足感に浸ることができました。

写真もワザとたくさん一緒に撮り、snsに掲載するだろうから、地元と多くの人に知れわたるだろう、そしてあの時イジメてきたやつらが羨めばよいのだと思いました。

その写真を見てなのか、久しぶりー!と何事もなかったかのようにSNS上のショートメールで連絡をよこす同級生に「お前だれ?」と返信した時は、本当にスッキリしました。笑

最高で人生初の経験!

小さい頃からアトピーだった私は、温泉に入ったことがありませんでした。

小学生の頃、一度だけ温泉旅行に家族で行きました。

しかし、家族の旅行の時も、私は温泉に入ることが出来ませんでした。

成分的にも温泉側的にも断られたわけではありませんでした。

ところが母は沁みるかもしれないからと私を入らずに部屋で待つように諭しました。

実際は周囲の人はアトピーの人と温泉に入るのを嫌がるため、迷惑をかけてしまうかもしれないし、そんな状況を感じ取った私がショックを受けるのではないかと思い、入らせなかったのでしょう。

姉と妹が気持ちよかったねと話しながらビンの牛乳を美味しそうに飲んでいる中、部屋で待っていて、牛乳だけ渡された私は、美味しさの意味も解りませんでしたし、ただただなんで私だけは入れないのといじけました。

その後我が家では温泉に入れない私が可哀想だから、私がいじけるからという理由で、大人になるまで家族旅行は無くなりました。

そんな私に彼は新婚旅行と称してたくさん色々な場所へと連れて行ってくれました。

そこでまず最初に行ったのが有名な温泉旅館に連れて行ってくれました。

この歳になって温泉に入ったことが無かった私は、まるで子供のように心がうきうきしました。

彼も一緒に喜んでくれてゆっくり堪能してきなと言ってくれました。

始めての温泉はものすごく気持ちがよく、アトピーを治してよかったー!!と叫びたくなるような衝撃を受けました。

温泉に入った後に、彼はビンの牛乳を購入して待っていてくれました。

私のビンの牛乳への嫌な思い出を知らない彼は、牛乳を見て涙が流れた私に驚きます。

これが温泉の後の美味しい牛乳なんだと涙が止まりませんでした。

アトピーを治すことが出来なかったら一生味わうことのできなかった最高の牛乳だなと感じました。

そして次に連れて行ってくれたのがプール付きのホテルです。

水着は小学生の頃のスクール水着以来。

プールでの思い出から人生が狂い出した私は、プールを見るだけで胸が苦しくなるような頭に血が上るような、怒りや悲しみや苦しみに苛まれていました。

彼が水着を選ぼうと言ってくれて、水着を選びだすと、可愛い大人の水着がたくさんあって、ワクワクウキウキしてきました。

学校のプールには無いホテルのプールの良さ。

プールサイドで過ごすのも、浮き輪で流れるのも気持ちが良く、とても楽しかったです。

プールサイドを水着で歩くときも、誰一人として私を白い目で見る人がおらず、自然に馴染めていることが幸せでした。

プールってこんなに楽しいんだ。可愛い水着を選ぶのも物凄く楽しいんです。

思い出が塗り変えられた最高の旅行でした。

もしアトピーの私を愛してくれる人が居て、結婚できたとしても、ウェディングドレスを自信を持って来たり、新婚旅行の温泉やプールもこんなふうに楽しめなかったでしょう。

連れて行ってくれるという彼に嫌気がさしていたかもしれませんし、結局人に見せる自信が無く、隠して楽しめなかったでしょう。

幸せを最高潮に感じることが出来ていなかったと思います。

幸せを得て、その幸せを最高潮に満喫出来ているのは、アトピーを治したからだなとつくづく思います。

アトピーが治らない悲惨な人生はすべて自分のせいだった

こんな悲惨な人生を過ごしてきた私。

すでにアトピーで悩んでいた期間、無駄なことしたな・・・と思います。

そして、本当に悩み、自分なんて生まれなければよかったと思い詰めていたものの、あの時死ななくて本当によかったわー。アトピーで死ぬやつ勿体なっ!っておもっちゃいます。

私からしたら、よくセミの寿命は幼虫7年成虫1週間と、土の中で眠り、やっと出てくることができて思いっ切り飛び回りまわるといいますよね。

アトピーを治さずにいる人はいつまでも土の中に埋まっているセミ、死ぬやつは土の中で成虫のまま出てくることが出来ず息絶えているセミです。

何年も何年も成長した結果、本来の姿で飛び回る事も出来ず、土の中で終わるだなんて、本当にもったいない、本当に哀れ、本当に無駄ですよ。

でも、アトピーなのに、気にしないようにしよう!!と変にポジティブになって、もう今以上に肌を綺麗にしようと思っていなかったり、肌への特別なケアや正しい生活を徹底的に送っていない人も私は大嫌いです。

何をポジティブに考えちゃってんの?お前は良くても見ている周りの人間は不快だよ?痛々しいよ?気持ちがポジティブになった所で見た目は変わらず酷い状態ですからね・・・。

人間中身が大切と言いますが、それって綺麗事です。

もし家が二つ並んでいて、どちらか一方を自分は購入しようとしています。

右の家は外観からしておしゃれで洋風でいまどきの綺麗な新築そうな家、左の家の外観は和風の家で今にも屋根が吹き飛びそうな隙間風が入りそうなボロ家。

どちらか一方を内覧することができるとなったとき、外観がおしゃれなほうの家を内覧するでしょう。

外観がボロボロの家の中をわざわざ見て購入しようとは思えません。

しかし、その結果、外観が美しい家の中はボロボロ、外観がボロボロの家の中身は実はリフォーム済みでものすごく綺麗でハイテクだったという場合もあります。

 

人間中身というのはこういうことですよね。

もしかしたらアトピーでも性格は良いかもしれない、性格はかわいいかもしれない。

でも、人間まずは見た目がある程度良くないと、中身までちゃんと見てくれないんです。

家と同じです。肌が汚くボロボロで、見るに堪えない状態で、私は中身はものすごくいいからとポジティブンなったところで、まずその中身に興味を持ってくれる人が居ませんよ。

中身を見てほしいなら、それなりの外観が必要なのです。

うつるうつらないに関しても同じです。

アトピーは実際人に感染する皮膚病ではありませんよね。

しかし、うつりそうと思われてしまったらそれまでです。たとえ事実うつらない病気でも、相手がうつりそうだと感じ近づかないようにしたり、避けられたら、そこで終了です。

いくらうつらないと説明しても、でもうつりそうだから一応離れて置こう・・・。というのは相手の勝手ですから。

うつるうつらないという事実はどうでもよくて、相手にうつりそうだと思われない見た目かどうかが肝心なのです。

 

うつるかうつらないかという事実は相手にとってはどうでもよくて、うつりそうだなと思われたら負けなんです。

アトピーを治す(ラクにする)ための方法はシンプル

アトピーを治すためには、自分自信の心の持ち方行動、を決め守り続ければ治すことができます。

それなのに、自分に甘く自分のわがままを先行させてしまう、又は何かと言い訳を付けて実践しないからアトピーは治らないのです。

アルコール飲んだりマック食べたりしちゃってませか?

そんなあなたに読んでほしいのがこちらになります。

【教科書】アトピーが完治する為のチェック表をつくりました!!あなたは何個漏れてる??

しみずの気をつけてるチェックポイントに+して当サイトに寄稿して下さったアトピー体験者さんの経験を補足として付けたものになります。

これすら出来ない人は一生負け組。

これ、私でも出来たんです。

他にもアトピーに効果的だということは沢山試しました。

その中で効果があったものだけを抜粋し今の生活が出来あがり、アトピーが治ったのです。

私の場合は協力者がいてきっかけとなりやっとできたことでしたが、今でも続けられています。

私よりもアトピーで辛い思いをしている人は私よりも強い思いでアトピーを治したいと思っているのですからできますよね。

クズのような生活を送ってきた私でもできることです。

頭が悪くてもいじめれらたことがあっても今までができていなくてもできることです。

人間の一生って、楽しいこと幸せなこと嬉しいことを探して感じて、死ぬまでの時間潰しをしているのではないかと思うんです。

だから、いかに楽しいことを楽しめるか、幸せなことを実感できるか、嬉しいことを得られるかが大切です。

アトピーだからできない、辛い、死にたいと思いながらダラダラと死ぬまでの時間を潰していると、余計長く感じてしまいますし、せっかく1度きりの人生無駄ですよね。

ならクソみたいで批判されようが、自分に引け目を感じるアトピーを治して、人生おもいっきり楽しんだほうがいいじゃないですか。

そんなふうに楽しんでいるなかで、私は人並みの幸せを手に入れることが出来たんです。

アトピーのせいで後ずさりしてしまっている人生をまずはアトピーを治してスタートラインに立ち、どんどん行きたい方向に突き進むことは、とっても幸せで楽しいですよ。

私が言いたいのは、アトピーであることで自分の人生を諦めるな、アトピーである自分を受けいれすぎて満足するなと言いたいのです。

アトピーを治した先にはたくさんに幸せが待っているのに、諦めている人を見るとイライラします。

そして、やるべきことをしっかりすれば治るのに、やるべきことをやらずに嘆いているアトピーの人もイライラします。

もう少しがんばれば幸せになれるのに、辛い思いをしなくて済むのに、と。

もちろんアトピーの肌を見て嫌がったり、いじめたり、汚いといったり、差別したりと言うことをしている人の方が悪いに決まっています。

しかし、そんなことをしないような世界になるのを待っている間に、自分の命が尽きてしまいます。

これまでも何度もそういう教育を受けたり、誰でも知っているような人の嫌がることはするなというような言葉すらあるのに、やっぱりいじめや偏見や外見で人を判断する正解は一向に変わりません。

そして、そんないじめたり汚がる人たちは、アトピーである人の存在なんて忘れて、次々前に進んで、追い抜いて行き、幸せを掴みやがります。

悔しくないですか?

結局口では心配したりしていても、人間ほとんどみんな自分が大切であり、自分を守ることで精一杯。

自分の幸せは自分で掴まなければ、掴もうとしなければ、掴みに行かなければ、一生手に入らない事もあります。

頑張れば自分をいじめてきたり蔑んできた人たちよりもはるかに幸せになれますよ。

自分を大切にしましょう。

自分のことを愛せる自分になるためにも、努力しましょう。

綺麗になるためには努力が必要です。

でもその努力が報われる幸せが待っているんですよ。

アトピーを治すことができれば、周囲の人にとっては痒いだけでそんなにつらくないでしょと理解され難く、掻かなければいいのにとまで言われてしまうことのある酷く辛いかゆみからも解放されます。

必ずあなたの努力は報われ、しっかりと治すことができます。

アトピーに悩みあれこれ考えていると、どうしたらよいのか分らなくなったり、何が正解なのか、どんな生き方をすればよいのか、様々な問題にもみくちゃにされそうになります。

難題は考えれば考えるほど難しく迷宮入りしてしまいます。

一方で難題は考え方1つでシンプルに解決することもできるのです。

アトピーにより様々なことに悩んでいるならアトピーを治すだけ!!です。

それだけで人生が180℃変わります。

アトピーが治らないという人もいます。信頼している皮膚科の医師ですら言ってきます。

それでも私はアトピーを治しステロイドのない生活を手に入れることが出来ました。

アトピーは治るのか治らないのか。治せるのか治せないのか。どうしたらよい・・・?

何をどちらを信じたらよいのか分らなくなるでしょう。

どうしたらよいのか不安になるでしょう。

しかし、そこで立ち止まり考えている時間が一番のムダですよ。

アトピーで苦しんでいたくせに、アトピーが治った私と治らない貴方。

ムカムカしますよね、イラつきますよね。自分は治ったからって高みの見物かよ、って思いませんか?

そう思ったのならば、自分を責めてください。これまでの自分が治そうとしなかった、治らない自分でも満足しようとしている、幸せを諦めきっていた自分の行動を恨んで下さい。

でも今気づき今変われば、きっと幸せな日々が待っています。アトピーを治すことができます。

アトピーが治ればすっぴんで出歩くことが出来ます。

メイク時間も10分程度で完璧です。細かい部分のお直しまで出来ちゃいます。

着たい服を着られるようになります。

就きたい職業に就くことが出来ます。

友人が出来ます。

人間の優しさを感じることができるようになります。

温泉にも入れます。とっても気持ちが良いです。

プールも入れます。とっても楽しいです。

自分自身も優しくなれます。

人生を謳歌できます。

わたしだって治したいよ!治したいのに治らないんだもん!!

って私も思っていました。

私だけがこんな体で生まれて、こんな体で生まれさせられたせいだもん!!って。

でもそんなの今の私が過去の私を振り返ってみると、悲劇のヒロインを演じている馬鹿者で自分が自分で恥ずかしくなります。

治したいのに治らない。のは治す気が足りないから。

治す気もあっていろんなことを試したもん。ってのは視野が狭すぎる。まだまだ治す術は無限にあって、どれが本当にアトピーに効くのかを見極められていない。又は試す期間が短い、根気が足りないだけ。

きもちが足りないんです。

だって私も治らない時は、アトピーが治らないと嘆いている人がたくさん目につき、そうだよね。治らないよね・・・。   ってものすごく共感していました。

治ったとか言ってるやつは全員嘘だと思うほど、敵にしか感じず話を聞く気にも友達になる気にもなりませんでした。

SNSの書き込みでも、アトピーが治らない人同士共感し合っていました。

でもそれはただの負け犬たちの傷の舐めあいだったという事に気が付きます。

自分のアトピーが治ってからの世界では、アトピーを治すことが出来たという人に目が付き、たくさん出会いました。

一緒に共感する内容は、アトピーは治るということ、アトピーが治らないと言っているのは努力不足だということです。

治って分かりましたが、世の中アトピ―を治すことが出来ているひとはいくらでもいます。

治らないと自分に精一杯で、それを共感してほしくて、同じ悩みを持っている人しか見えないから、アトピーは治らないと思い込み、自分のアトピーを治らないものにしてしまっていました。

治っている人は要るんだから治るんです。

治る人が特別なのではなく、治らない人がおかしいんです。

それでも自分のアトピーは治らない、何をしてももう無理だというのであれば、もう諦めるしかないですね。

一生アトピーの輪廻にはまり、苦しみを味わい続けてください。

一生懸命メイクで隠してください。

暑くても着たい服があっても周りを不快にさせないように隠すことが出来る服で纏ってください。

 

アトピーの人でもできる職業を見つけましょう。

人の視線を気にしながら、一生懸命生きてください。

私はこれからもアトピーが再発しない肌や体質を作りあげていく生活を続けます。

本当にアトピーがなおってよかった。

アトピーでもママになれる

こんな私ですが、ようやく赤ちゃんを出産することもできました。

妊娠すると、普段以上に身体も肌も敏感になってしまうということで、アトピーが再発するのではないかと不安でした。

そして、生まれてくる我が子もアトピーになってしまい、私が歩んできたような人生を歩ませることになってしまうのではないかと不安でした。

もし私と同じような人生を歩ませなければいけないのなら、産まないほうがいい、生まれないほうがいいとも思いました。

でも一方で実際に自分のお腹に赤ちゃんができると、どんなことがあっても守ろうって思ってしまいます。

自分自信もまたアトピーに苦しめられるのではないか、赤ちゃんもアトピーになるのではないかと思いながらも、もしそうなったら、また私の努力で絶対に治してやると思い妊娠期間を過ごしました。

妊娠中、乾燥がいつもより酷くなったり、ニキビができやすくなったり、アトピーが再発するのでは?と思った時もありました。

それでも、今まで続けてきたアトピーを治した方法を続け、より入念にケアも行い、出産までアトピーを再発させることなく過ごすことが出来たのです。

そして生まれてきた赤ちゃんも綺麗なお肌で生まれてきてくれました。

しかし、生後2ヶ月頃から湿疹がプツプツ見られるようになり、もしやアトピー?とものすごく不安になり、数日様子が見ても変わらず湿疹は増え続け、覚悟はあったのに、恐ろしくなり涙を浮かべながら小児科に受診しました。

すると、「安心してください。乳児湿疹ですから。多くのお子さんがなりますよ。」って診断されました。

 

でも乳児湿疹へのケアをしっかりと行わなかったせいでアトピーになってしまう事もあるということで、入念なケアや飲ませる母乳を作る食事をより気を付けるようになりました。

 

すると徐々に肌の湿疹は治り、1歳くらいまでは何度か湿疹が見られてドキッと血の気が引くような思いをしましたが、湿疹も起こらない赤みもない、乾燥もしない綺麗な肌へと改善することが出来ました。

2人兄妹となりましたが、二人とも赤ちゃんの頃の乳児湿疹以来、湿疹が起こることもなく、乾燥肌になることもなく、健康的で綺麗でツルツルのお肌を保ち続けられています。

私も同じく、家族全員綺麗な肌で幸せな生活を送ることが出来ています。

保育園や小学校になると、子供たちのママが汚い肌で子供たちがいじめられるというような心配もあります。

綺麗な肌を保ち続けられていることでそんな事もなく、堂々と子供たちの様子を見に行ったり、送り迎えが出来てよかったなと思います。

旦那さんの上司や仕事仲間に紹介されるときも、肌が汚いと引かれたり変に心配されたりすることなく仲良くなれるので、本当に良かったなって思う瞬間です。

子供と一緒にプールや温泉に行き一緒に遊んだり思い出を作ることもできます。

夏の公園でも思いっ切り遊んであげることができます。

アトピーという突っかかりがないため、何でも子供のためにしてあげられるんです。

自分に自信が無いと、子供も自信がなくなってしまいます。

自分が笑っていないと家庭も暗くなってしまいます。

そんな面でもアトピーを治してよかったって思います。

アトピーがなおったから言えることで、現在もアトピーに悩んでいたら絶対に心からはこんなこと考えられなかったし言えなかっただろうなと思うことがあります。

アトピーのおかげで強くなれました。

アトピーのおかげで優しくなれました。

アトピーのおかげで普通は1程度にしか感じない幸せを私は5の幸せに感じることが出来るようになりました。

でも、これはアトピーが治ったからこそ言えることです。

今ものすごく幸せだから言えることです。

アトピーを治すことが出来ていないなら、この言葉の本当の意味は理解できていないはずなのでまだ言うのは早いです。

綺麗な肌になり、本当の幸せを実感した時に本当にこの意味が分かるはずです。

自分の人生の主役は自分自身です。

いくら苦しもうが幸せだろうが実際自分が良ければそれでいいという言葉で丸め込むこともできます。

 

でもアトピーのせいで人生に満足することが出来ていないなら、アトピーを治すべきです。

死ぬまでアトピーのせいにするんですか?死ぬとき絶対後悔すると思いませんか?

なんで治そうと必死にならなかったんだ・・・。治していたら違う幸せを手にすることが出来ていたかもしれない。こんな不幸な人生にならなかったかもしれないと後悔しますよ。

もう遅いなんてことはありません。

努力をすると、結果が見えはじめ、そこからどんどん楽しくなるように治っていきます。良くなって行きます。

それと同時に、人生も変わっていきます。世界がどんどん明るくなります。

メガネやコンタクトを始めてつけたときのように、同じ世界で暮らしているとは思えないほど変わってきますよ。

結局最後は自分が決めることです。

他人がどうこうしてくれるわけでもなく、どうにかしたいなら自分が動くしかありません。

自分自身の肌は自分が一番分っています。

肌に寄り添い真剣に考ましょう。

そして、アトピーは治らないと決めつけてしまっていると、そこで終了です。

ステロイドが無いと生きていけない、手放す事なんてできないと思っているのも同じく終了です。

そこがゴールとなり、豊かな人生へと方向転換できる可能性はかなり低くなってしまいます。

まずはアトピーは治らないという決めつけを無くします。

そしてこれって効くの?それで本当に治るの?と疑問に思ったときは、まずは試してみる、よく調べてみる、どうなのって悩んでいるだけじゃなにも変わりませんよ。

誰が何と言おうが、悩んでいる時間が無駄となります。

アトピーは治るものだ、アトピーを治すことが出来るという考えを前提として過ごすことで、またアトピーに対する自分自身の行動も変わり、アトピーへの効果が見られ、これまでとの景色とは変わって見えてきますよ。

アトピーは風邪と一緒のものとして今は考えています。

今はアトピーになることなく薬も使用していませんが、そのうち風邪のようになにかの拍子で肌の健康が損なわれ、アトピーが再発することがあるかもしれません。

でも、完治と自分に言い聞かせています。私は完治です。

風邪や感染症を予防して防ぐように、私もアトピーにならない肌作り、アトピーの原因となることを徹底的に排除しながら、肌の健康を維持し続け、アトピーを予防し続けていきます。

最後までお読みいただきありがとうございます。

あなたの背中をガツンと押せたら幸いです。

しみず。